自己主張をしようとしてもブレーキがかかって出来ないあなたへ

こんにちは!気学大好きのシロクです。

先日、今日の運勢で『自己表現をしましょう』といったメッセージを入れたところ、ツイッターで多くの方が『難しい・・』『出来ない・・』『テーマです・・』といった反応をいただきました。

それで、『多くの方にとって自己表現はテーマなのかな?』と思ってこの記事を書いてみました。

自己表現というと、SNSで自撮り写真を載せたり、自分からの強いメッセージを載せたり・・とパンチのあるものを想像してしまいますが、私としては会議などで自分の意見を言ったり、自分の好きなファッションを選ぶといったことも大切な自己表現だと思っています。

そういった日常的な出来事で感じる自己表現で悩んだり、ブレーキがかかってしまう方が多いように感じます。

これも時代の流れなだと思うのです。

今の日本は『ものづくり大国』か?!

以前の日本って、長いこと『ものづくり大国』だったじゃないですか?

だから、一日中流れ作業の中でいかにコツコツと正確に決められた仕事を遂行するってことが、すごく重要だったんですね。

そのための教育は、当然あまり文句を言わずに自分なりの考えを重視するよりも集団できっちりルールを守ってやっていくことが大事で、それが教育理念になっているんですよね。

輝かしい日本の過去かもしれません。

しかも、コレ平成の今でもこう言った教育理念の学校や教育者はいっぱい存在しているのです。

なぜなら、それしか知らないからです。もしかすると『ちょっと古いんじゃ?』って思う若い方や改革家もいるかもしれませんが、あえてそこを突破するほどのパワーもないのだと思います。

だから、いつまでも個人より集団の力を重視しているのだと思います。ただ、なんとなく『別に悪くはないでしょ?』くらいのノリで。

でも、確実に外から時代は変わってきています。今の家電業界などを見ていても、明らかに『ものづくり大国』ではなくなってきています。実際に作っているのは海外ですよね、ほとんど。

このように、これからは間違いなく集団ではなく個人の時代なのだと思います。

個人の時代ってどういうことでしょう?

例えば、ユーチューブで売れたある有名なシンガーソングライターの方は、自分の出す曲を実家の自分の部屋で作っているそうです。全て一人で作っているみたいです。

すごいですね、昔は歌を一人で出すなんて考えられなかったですよね?

また、ものづくりに関してもそうです。ある一人の男性がクールな家電を一人で作り、家から発送しているというニュースを見たことがあります。

そうすれば、大量の在庫を抱えたり、多くのスタッフを揃える必要もないってことですね。

驚くような変化ですが、物理的にそんなことが誰にでも出来てしまう時代なんですよね。そこに多くの人の心がついていってないのかもしれません。でも、気づいている先駆者は確実に前進していることもわかりますね。

私たちはブレーキをかけられている?!

私たちが自分を主張しようとする場合に、ブレーキとなってしまうのが、この昔からの教育です。

『目立っちゃダメ』

『勝手なことしたら後で痛い目にあう』

『周囲の人との協調を大事に』

これを守らないと、罪悪感がムクムクと出てくるんですね。恐ろしや長年の教育効果!

でも、このような昔ながらの理念は明らかに時代遅れになっていて、今や自己主張しないことには、あなたが隣人と何が違うのか、何をやっている人なのかいつまでも理解されないことになります。

それでも、一生公務員や大手企業のごく限られた良いポストで生きていく方などはそれでも良いのだと思います。

だけど、それ以外の人にとっては、この『その他大勢』を好むのはデメリットにしかならないように思います。

動け!サイレントマジョリティー!!

海外の方が、日本人を見て『なぜヘラヘラ笑っているの?』とか『なぜ思ったことを言わないの?』と疑問をもたれることがありますが、もう少ししたら日本人の間でもこう言った会話が生まれるのかもしれません。

『なぜあなたは思ったことを言わないの?』

『なぜあなたは人に合わせてヘラヘラしているだけなの?』

今は、まだ自己主張する人が少ないので自己主張する人に非難がいくことが多いですが、今後は自己主張する人が確実に増えていくことは間違いないと思います。そうしないとどこでも通用しなくなるでしょう。

今は自己主張する人は自分のことは主張しながらも、日本人全体の考え方などについての言及はあまりしていません。
つまり、サイレントマジョリティーなんですね。サイレントマジョリティーというのは、『物言わぬ多数者』です。

今回、自己表現が出来ないとコメントをくれた方も、実はこのサイレントマジョリティーなのかもしれません。

必要性は感じているけど、まだ行動には出られないという一歩手前のプロセスであるだけなんだと思います。

ボーカルマイノリティor ノイジーマイノリティー・・これは『沈黙しない少数』という意味ですが、この声が昔ながらの価値観や理念なのではないでしょうか?

これに私たちはずーっと何も考えずに管理されてきているように思います。

時代が変われば、価値観や思想も変わっていきます。

もちろん、ぶれない愛などは素敵ですが、私たちはちょっと昔の『変わらなくていい』っていう居心地の良い場所に長居しすぎているのかもしれませんね。

でも、確実に時計の針は進んでいるのです。

ただ、なんとなく・・です。

自分の自己主張ができるようになると?

自分の自己主張がOKになると、自然と周囲の自己主張もOKになってきます。

自分がOKだと思われたいから、相手にもOKを出すという当たり前の流れ。

でも、今までにやっていないことをしている人を、悪人のように攻めるNOTの連鎖よりずっと良い流れですよね。

つまり、人が人を監視せずに自由になっていくってことです。意味のない縛りからの解放です。

ということは、今だに存在する『村八分』のような『いじめの構図』が崩れていくような希望が持てますよね。

さぁ、ホコリのかぶった古い思想にしがみつかずに、あなたもそろそろ変わりませんか?

よく考えてみると、『自己主張、自己表現出来ない』というテーマは、個人のテーマというよりも、日本人全体の大きなテーマなのかもしれませんね。

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