運が悪い時期っなに?不運な時の過ごし方

今日は、「運が悪い時期って何だろう?」についてちょっと考えてみました。

運が悪い時ってどう過ごせば良いでしょうか?

このような問いに答えることが難しく感じていたように思います。

じゃぁ、運が悪いってどういうことかな?と考えてしまったりとか、私って意外と運とか気にしてないように思えてきたりとか、そんな感じで漠然と考えていました。

で、私は今、気学的にも悪い時期ですが、運が悪いのもそれほど悪いことではないということかなと思ってます。

運が悪いっていうのは、例えば今までの関係性が壊れたり、仕事を失うなどのイメージがあります。

私も、今までの経験では「ここまで」が最悪かな?と思っていたことが、それを大きく下回るくらいのさらなる最悪なことが何度も続けて起きたりとか、そんな感じのことは確かにありました。

でも、私としては全く落ち込んだりしているわけではなくて、「あ、そういうことだったんだな」という今まで気づかなかったことが照明を当てたかのようにハッキリと見えてきて、もどかしさがなくなった分清々している感じが強いです。

よくご相談いただく方でも、多くの方が最悪の時に相談してもらうと思うのですが、私が見る限りほとんどの人がその後の方が人間的にも成長されて、前よりも強くなって復活している気がするんですね。

私から見たらキラキラですよ。本当に尊敬する方ばかりですから。

でも、相談したときはまさか自分が復活するなんて、と思っていたはずです。

たぶん相談してもらったときは、きっと過去にすがりつこうとしていたり、今までのやり方を変えたくないっていう気持ちがすごく強くなっている感じがします。その粘着力がさらに執着に繋がってしまう感じでしょうか。

その執着は、レンジにこびりついた汚れのようにもう嫌なんだけどなかなか落ちない。さっぱりしないような感じじゃないかと思います。

そういう意味でいうと、運が悪い時期はそのしつこい油汚れなのか過去の実績なのか栄光なのかがスパッと剥がれ落ちる時期なんではないかと、今の時点では思っています。

ある意味スッキリ爽やかな時期とも言えます。

つまり、後で考えると「なぜこんなところでモタモタしてたのか?」という感じのところで、今まではウロウロしていた。
でも、次の展開に進むためには、そろそろその場所から旅立たないといけない、といった時期が運が悪いとされる時期のことかもしれません。

でも、こんな時期がないと、人は何十年も変わることなく、生きた化石のようになってしまいます。

たまにいますよね。ずーっと同じ会社で同じ部署にいてなんか化石にようになってしまっている方。
あえて頑張らなくてもその場に居られるから、なるべく体力温存で笑顔すらもったいないみたいな。
ある意味、すごく安定と言えるかもしれないですが、あんまりうらやましくない感じがします。

だから運が悪いとき、八方塞がりなども決して悪いことはないと思います。
成長する気があるからこそ高い壁があるのだと思います。

今日の易カード

火山旅(かざんりょ)

自分の家が火事になってしまった。もう住めない。だから最低限のものだけまとめて旅立つという、人がもっとも恐れる土台を失う恐怖ですね。

この火山旅(かざんりょ)の前の易カードは雷火富(らいかほう)ですから、大きな富を得ていたはずなんですね。でも、こういう時に人は落ちていく、つまり安心しきったところに嫌な出来事、つまり衰運はやってきます。

なぜなら、安心しきっていると人は成長しないからです。

また、富むことを知ると、急に動きが鈍くなって「失いたくない」つまり変わりたくないって思考に変化していきます。
それでは、生きている意味・・つまり魂を成熟させるという生きる意味を失ってしまうからだと思います。

この火山旅(かざんりょ)、以前はあまり好きではなかったのですが、そう考えると成長させてくれるカードですね。

まさに裸一貫になることを後押しするカードなのではないでしょうか。

では、今日はこれで終わります。ありがとうございました。

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